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『Many thanks to ~』 熊坂組引退メッセージ

2010/11/12

 苦難続きのいばらの道を、横高の誇りを胸に突き抜けた熊坂組。立派に伝統を継承した素晴らしき男たちの引退メッセージです。


ダイスケ
『この一年を振り返ってみると、今までのなかで一番きつかったなと思います。自分たちの代に変わると自由もある分、色々な責任も負うし試合の結果だったり練習の雰囲気がすごく気になってラグビーそのものに最初の方はあまり集中できなかったです。伊藤先生が異動することも合わさって色々と不安な事があり、戦略や練習を考えるけれど、それが正しいものだとは信じきれずにやっていました。この頃は正直きつかったです。
 松山先生がこられてやっと自分たちの芯ができたように感じました。目標に見合う練習や戦略を一から考え、話し合って、今までのシード権という目標がリアルに見えるようになりました。途中、自分たちの甘さを指摘された場面もありました。本気で松山先生は自分たちに向き合ってくれていたからこそ言ってくれたんだと思います。伊藤先生もリーダー陣にメニューを任せたり、あえてグラウンドにあがらなかったりと真剣に自分たちの事を考えてくれて今そのことにすごく感謝しています。
 きついと思う事が多かった一年だったけど、花園予選前には自分の中で何か精神的に変われて強くなれたと思ってました。多分、次の3年は大変な思いをする事があると思うけど、松山先生についていって自分たちの芯の部分を信じてやっていければ来年のこの時期に成長したと実感できると思います。いままでありがとうございました。』


 
てつ
『振り返ってみると、本当にあっという間の3年間でした。去年の浮津組からレギュラーで出場出来る様になり、色々な経験をさせてもらいました。何よりも、強く焼き付いているのは、ベスト8を懸けた東海戦。あのトライも、あのドロップゴールも。先輩たちの背中のデカサを本当に思い知らされました。
 そんな先輩たちを越えたいと、意気込んでいた、熊坂組の発足当初。自分達で練習メニューを考える難しさを思いさらされました。周りからしたら当然に見えたかも知れないけれど、東海戦でシードを落としてしまった。先輩たちを越えるどころか、後退していた。それからは、本当に辛かった。頑張っているつもりでも、所詮は自分なりにだったんだと思う。春大会も、大勢の応援が来てくれたのに、何も見せられなかった。

 その直後、監督が松山先生に代わり、自分たちの甘さを言葉で叩きつけられた。自分でも気がついていた分、余計に重く感じた。特に自分としては、PRとして、スローワーとして言われたことがあり、本当にきつかった。だけど、最後の最後に、変われるチャンスが有って良かった。最後の半年間は、激動そのものだった。自分が知ってるラグビーじゃないものいくつも有って驚いた。松山先生ともぶつかった事もあったと思う。だけど、ぶつかったり、抵抗して貫いた分自分に信ができたと思う。
 夏合宿からはチームもまとまって、最後の最後で浮津組を越えるチャンスが、ベスト4へ挑めるんじゃないかと、本当に楽しかった。結果としては何も残せなかったのは、後悔しきれないけど、本当に充実した3年間でした。
 何よりも、ラグビーをやったお陰で、沢山の仲間ができたし、OBや先生など沢山の人に支えて貰っていることが実感できました。特に両親には数えきれないほど、支えてもらっていることを改めて実感しました。本当にありがとうございます。
 もうひとつ、こんなワガママで頼りないバイスに愛想も尽かさずついてきてくれた1・2生、本当にありがとう。きっと1・2年後引退するときどんな結果が出たにしても、後悔が残ると思う。その後悔を小さくするためにも一日一日納得出来る生活を送って下さい。三年間本当にありがとうございました。』
 


バズ
『10月31日、湘南工科に負けて引退をした。もう1週間以上たつけれど、いまだに夜に試合を思い返して寝れなくなる事がある。あの時あのプレーをしていたら、このサインを選んでいたらどうなっていたんだろうと考えこんでしまう。春から照準を合わせてきて、何回も練習したのに使えなかったサインプレーが沢山ある。戦い方は間違ってはいなかった。それははっきり言える。でも熊坂組が持っていた全部のプレーが出せなかったのが本当に悔しい。前半リード出来ていたのもあり、悔やんでも悔やみきれない試合だ。
 でも本当に楽しかった。矛盾するかもしれないけれど、今までで最高の試合だった。試合が終わって、馬鹿みたいに泣きまくれたのは熊坂組のおかげだ。長い様であっという間だったこの三年間をこんなに楽しく過ごせたのは、熊坂組という最高の仲間がいたからだ。
  
 そして最高の仲間に逢わせてくれた横須賀高校ラグビー部に、ラグビーというスポーツに心の底から感謝しています。そして松山先生、半年という短い間でしたが先生のおかげでかなり濃密な時間を過ごす事が出来ました。先生のもとでラグビーが出来た事は本当に幸せでした。ありがとうございました。
 後輩達、松山先生についていけば絶対に最高のプレーヤー、チームになれる。だから安心してラグビーを楽しめ。来年、再来年自分たちが引退するときにやり残した事がないように。関東新人では熊坂組のリベンジをしてくれる事を期待してます。応援してるから頑張れ。
 そして最後にもう一度、大輔、うっちー、坂本、住田、原、大住、たくちゃん、いが、大河内、弘貴、てつ、千葉、太田、本当に本当にありがとう。卒業しても一年に一回位はあつまろう。』



いが
『引退してから、早いものでもうすぐ二週間が経とうとしています。ようやく心の整理がつき、勉強に本腰いれ始めています。最後のコメントという事なので、今までお世話になった方々へ、簡単ですがお礼をしたいと思います。
 松山先生、斎藤先生、山田先生、小澤コーチ、それにOBや保護者の方々、そのほか本当に沢山の人達にお世話になりました。皆様のおかげでここまでやってくる事が出来ました。本当にありがとうございました。

 3年間、沢山の辛い事や苦しい事がありましたが、今となっては全て良い思い出です。辞めようと思った事も有りましたが、ここまで続けて来て本当に良かったです。センター試験まであと二ヶ月。さあ勉強頑張らないと!後輩達、今から勉強しといた方がいいよ。本当に。』



ボビー
『3年間を思い出して一番思うのは、やっぱラグビー楽しかったなぁってこと。ラグビーは中途半端にやるとキツいだけで全然だけど、逆に思いっきりやればやるほど楽しくて面白くなる。こんなスポーツに会えて本当にラッキーな高校生活だった。
 入学した時はラグビーとゆうスポーツの存在をまったくしらなかった。特に入る部活も決まってないまま「適当に面白そうな部活に入ろう」と思ってた。入学式が終わり、ものすごい勧誘の中、ひときわ輝いてる奴らがいる。ラグビー部だった。体験入部は「とりあえず来てみて」と言われたバレー部へ..と思ってバレーを見てたらラグビー部の先輩に誘拐された。そして俺はグランドで運命的な出会いを果たした。
 パイプイスに座ってみてたら先輩が「お前モノマネ出来るんでしょ??」と言ってきた。俺は「俺がモノマネ出来るの知ってるとゆうことはこの人は俺を知ってる先輩の友達か」と思いボビーのモノマネ..その日からあだ名はボビーになり、ラグビー部に入らなければならない雰囲気になった。
 最初はよくわからなかったが徐々に慣れてきて楽しくなってきた。初めてAで出たのは夏合宿前の桂高校戦で、ポジションはFL、結局何も出来なかったけど、Aで出れたことは嬉しかった。その時できた傷の跡が今でも左手首に残ってる。

~2年~
 1年の時に少しばかり周りより出来たから調子に乗っていたツケが回ってきた。周りはどんどんうまくなっていくのに俺はとどまり続け、いつの間にか周りに抜かされてた。この時もっと頑張ってたらもっと強くなっていたんだろうな..
~3年~
 ついに最高学年 2年の時に一応FWの中のリーダーみたいな立場にいた。だからFWリーダーあたりになるのかな??とか思ってた。しかし、2年の時に成長が止まった俺にそんな役職が貰えるわけもなく、お情けで「補佐」とゆう役職。「俺は何をやっていたんだ..」本気でそう思った。そこからまた俺は成長出来たと思う。笑って泣いて悔しくてむかついて楽しくて、でも、そんな時間がいつまでも続くことはなく遂に最後の大会。
 最弱の代と言われた俺達がどこまで行けるか、1・2年の伊藤先生がいた時に培った基礎、3年で松山先生が来てからの努力、それがあるから本気で最後の試合は湘工に負けるつもりはなかった。しかし、負けた。でも、楽しかった。3年間とゆう短い間だったけどラグビーに出会えてよかった。楽しい高校ラグビー人生だった。ありがとう!』 


 
シュウ
『熊坂組が発足して一年。時が経つのは早いなぁと思います。支えられてきた三年間で感謝したい人達への思いを書きたいと思います。
 まず一、二年生。いままでありがとう。これからキツイ時もあるかもしれないけど、それとは比べものにならないくらい楽しい事がたくさんあるから。いつも応援してるから。  
 次に三年生。本当にありがとう。一緒にラグビーできて幸せでした。楽しかったです。キャプテンの大輔は熊坂組発足当時大変だったと思います。でもチームを上手くまとめてくれて感謝しています。お疲れ様です。
 あと数々の先輩方。個性的な方達ばかりでかっこよくて憧れてしまいます。凄まじい勧誘などもありましたが、今は皆その凄まじい勧誘に感謝しているものだと思います。

 そして両親。喧嘩した事もあったけど、最後まで続けさせてくれてありがとうございます。
 最後に前顧問の伊藤先生、現顧問の松山先生、斎藤先生。お世話になりました。ありがとうございました。松山先生は半年だけでしたが、とんでもなく濃い半年でした。楽しかったです。ラグビー部に入れて本当に幸せでした。これからの人生いろいろな事があると思いますが、ここでの経験を忘れず生きていきたいと思います。』



ウッチー
『熊坂組楽しかったです。みんながいたから、ここまでラグビーができました。みんなで辛い練習を乗り越えて、練習が終わったらふざけたりして、そんな楽しい日常が今となっては非日常になってしまうのが寂しいです。本当に熊坂組のみんなは俺にとって最高の仲間です。
 後輩のみんなごめんね。みんなに形で残せるものは、シード権だけなのにシード取れなくて。でも、お前達なら熊坂組ができなかったことができはず。あれだけ必死にやっているもの。応援しています。
 応援にきてくれた横高のみんな、様々な形で支援して下さった保護者の皆様、OBの皆様ありがとうございました。これからも次の代の応援をよろしくお願いします。
 前顧問の伊藤先生2年間ありがとうございました。何にもなかった自分達にラグビーのベースを作って頂きました。柏陽戦の時のみんなを鼓舞する言葉に感動しました。本当に感謝しています。

 小澤コーチありがとうございました。自分はFWだったので、役に立つアドバイスをたくさん頂きました。お世話になりました。
 斉藤先生ありがとうございました。怪我をしたときにはお世話になりました。大会前のあの歌は生涯忘れないと思います。
 松山先生ありがとうございました。横高を変えようと言って下さって、どん底だった自分達をここまで引き上げてくれました。色々なビッグゲストを招いて頂き、本当に良い経験と大きな刺激になりました。松山先生の指導のおかげで自分を成長させることができました。
半年と少しとい短い期間でしたが本当にありがとうございました。
 感謝してもしきれないほどの数多くの人が、自分を支えてくれているということがこの3年間でわかりました。このことは自分にとって大きな誇りであり、大きな財産です。本当に横高ラグビー部に入ってよかったです。みんなホントにありがとう!』



たくあん
『二年半のラグビー生活が終わりました。楽しいことも辛いこともたくさんありましたが、ラグビー部に入ってよかったなと心から思います。もしラグビーをやってなかったらどんなに高校生活がつまらないものになっていただろうと思います。
 
 ラグビーを続けるなかで自分は体が小さいので、ラグビーがつまらなくなってグランドに上がるのがいやになったこともありました。でも先輩、後輩、同学年の友達と一緒にいた時間は本当に最高でした。最後まで楽しく続けられたのはそんな人達のおかげです。
これだけ物事に本当に一生懸命になれたのは初めてで、すごくいい経験になりました。この経験をこれからの人生に生かしたいです。ありがとうございました。』


 
スミケン
『湘南工科に負けてから一週間以上が経ちました。 今は普通に学校に行って、授業を受けて、終われば夜まで塾。という周りの皆と同じ様な生活をしていて毎日が何か物足りないです。
 入学したての頃は、体重は50kgもなく体も弱くて保健室に行ってばかりだったような気がします。そう考えてみると3年間で身体的な面でかなり成長できたと思います。 せっかくつけた筋肉もこれから落ちていくと考えると何だか悲しいです。
もちろん精神的な面でも成長できました。 今までこんなに本気になってできたことはなかったしこんなにも自分と闘ったことはなかったです。
 物事に対する考え方もかなり変わりました。 ラグビー部に入ってから本当に沢山の人に出会いました。 皆、それぞれ考えを持っていて本当に尊敬できたし、刺激をもらえました。

 3年間本当に楽しかったです。 走り込みやフィットネスなど辛いことも沢山やりましたがそれも含めて本当に楽しかったです。 夏合宿の試合前ランパスも今となってはいい思い出です。笑
 ラグビーは素晴らしいです。ドラマや映画でなく、リアルに怒って笑って感動できるスポーツに出会えて幸せです。 多分この気持ちは横須賀高校のラグビー部だから味わえた気持ちだと思います。 これから先、自分は横須賀高校ラグビー部卒業生として誇りを持って生きていけます。今まで支えて下さった皆さん、本当にありがとうございました。』

 

ジョジョ
『自分はこの3年間の経験を通してとても大切な事を数多く学べました。そこには今後経験出来ないような事ばかりでした。そこには辛い出来事や苦しい事が沢山ありました。でも楽しい事もそれ以上ありました。何よりかけがえのない仲間達とであえました。ありきたりな言葉ですが本当にそう思っています。

 後輩達はこれから様々な壁に突き当たると思います。それは本当に辛く苦しいものだと思います。だけど絶対に諦めないでほしいです。この部活は他のどんなものよりも辛いと思います。多分辞めたいと思うかもしれません。それくらい覚悟が必要なものだと思います。ですがそれを乗り切った時それ以上の大きな見返りがあります。辛くてきついからこそやり遂げたときの感動は大きいものです。
 自分はこの部活で3年間すごせて本当によかったとおもいます。他の部活では絶対に味わえない達成感やその他いろんなものがあります。そして3年間ラグビーをやり遂げたならそこにはどんなものにも屈しない巨大で強靭な黄金のような精神が出来てるとおもいます。そして横須賀高校でラグビーをやって来たという誇りを持てると思います。この誇りと黄金の精神は今後生きていく上で強い支えになると思いますだからこそ後輩たちには絶対に最後まで諦めないでほしいです。』

 

はらぶん
『引退してもう1週間以上が過ぎました。自分の中では湘工戦が懐かしく感じます。だいぶ部活がない生活にも慣れてきました。けれど、もっとラグビーをやっていたかったなって思います。自分は最初ラグビー部じゃなくて、陸上部に入るつもりでした。だけど、先輩に誘われこのラグビー部に入りました。
 自分は怪我が多く、この2年半近くの部活動の中で、約10ヶ月分は怪我で、部活が出来ませんでした。怪我が多く、自分でも嫌になるくらいでした。けれど、ラグビーはチームスポーツで、自分はみんなと一緒に最後までやりたかったので、続けることができました。このラグビー部での思い出は数えきれないほど、たくさんあります。

 そして、自分はこのラグビー部に入部して良かったと思ってます。怪我があっても、なくても、最後までやりたい気持ちを持ってやりきれば、自分にとってなにか大切なものをこのラグビーというのは、自分に気付かせてくれる気がします。自分はこのラグビー部の生活を怪我で始まり怪我で終わってしまいましたが、そこで、いろいろなことを気付かせてもらいました。
 ラグビーはチームスポーツで、今までどちらかと言うと、個人スポーツの陸上をやってた自分にとって、このチームスポーツはとても刺激的でした。それに、最高の先生や仲間と一緒にラグビーができたことが、なによりの思い出です。今までありがとうございました。』

 

アル
『あっという間だった。これが今思いつく一番の感想です。湘工戦にしても、入部してから今までにしても、振り返ってみると高校ラグビーはほんとに一瞬で終わってしまったように感じます。きつい練習がたくさんありました。パラレル、ランパス、サントリー、マルコム、ヒニマラなどなど名前を聞けばぞっとするような練習がいくらでも思い付きます。 
 でも、誰かが言ってたけどラグビーができることはきついことも含めてとても幸せな時間でした。きつい練習だって今振り返れば幸せな時間だったからこそあっという間に感じるのだと思います。
 実際引退してから毎日の生活に違和感を感じずにはいられません。学校行く準備をしてても荷物が少なすぎるし、家帰る時間がとんでもなく早いし、何より夜は体が元気すぎてなかなか寝れないし。なんで引退した今が一番ラグビーが恋しいのだろうと思います。入部当初からこのことに気付いていたらなあ、と後悔の念にかられます。残念ながら後悔はたくさんあります。あの時もっと練習できたなあとか、ステップうちにきればよかったなあとか、タックルつめれたなあとか。

 実際、湘工戦だって自分がタックル入れてれば試合の結果は変わってたかもしれない。あそこで抜かれたのはたぶん一生忘れないと思います。どうせなら自陣から相手抜きまくってトライしたってことを記憶に残したかった。自分は引退した身だからどうしようもないけど、後輩達には相手に抜かれた思い出なんか作ってほしくない。
 あの時練習しといてよかった、あのステップは最高だった、あそこでつめたのは正解だった、こんな思い出ばかりにしてほしい。他人から言われてもなかなか分からないだろうけど、ラグビーをやっていられる今その時間がどんなに幸せであるのかをいつでも考えてほしい。
 今はラグビーがやりたくてたまらないし、卒業前までには大学に合格して一刻も早くグランドに上がりたいです。そのためにも今はとりあえず勉学に励みたいと思います。最後になりましたが、三年間ほんとにたくさんの方に支えられてきました。ありがとうございました。後悔は残ってしまいましたが、幸せな三年間を与えてくれたラグビー部、またチームメイトとずっと付き合っていけたらなあと思います。来年のラグビー祭が楽しみです。ラグビー部万歳!!』

 

ちば
『引退してから、私の生活はがらりと変わりました。でも2、3日は引退したという実感はなかったです。ただ漠然とさみしいな、と感じる程度でした。後輩から「これから部活行ってきます!」という内容のメールがきたとき、ああ私はもう部外者なんだ、と。もう居場所がないことを教えてくれた気がします。

 この2年半は今思えば早かったと思いますが、実際すごく長い時間でした。それでもあっという間だと感じてしまうのは、きっと忘れてしまっているからです。私自身、先輩の記憶は薄れています。それは、すごく こわいことです。忘れたくないのに、忘れてしまう。今、私が恐れてるのは、1、2年に思い出してもらえなくなることです。
 3年生とは、2年半もほぼ毎日顔を合わせていた分、いざ離れるとすごく悲しいです。めそめそしたことばかりでごめんなさい。改めてラグビー部が大好きだったんだなあと思います。 たくさんお世話になりました。ずっとずっと大好きです。』

 

おっちゃん
『引退してからもう1週間以上経ってしまいました。湘工に負けた瞬間はもう何がなんだかわからなくて、ただひたすらに泣いたことを、そして皆も同じように泣いていた光景を、今でもまだ鮮明に覚えています。でも時間の流れには逆らえないものですね。グラウンドに皆でいけない寂しさとか、勉強の壁だとかに早速ぶつかって、もう引退の実感が沸いてきてるところです。

 そんな今、3年間私はみんなの役に立てたのかどうか、ただそればかり考えてしまいます。マネージャーとしてできたことはもっとあったはずです。後輩マネージャーにはこんな後悔してほしくありません。だから、新しい何かをはじめることは勇気がいるとは思いますが、みんなで知恵を出し合って、良いアイディアはどんどん実行していってほしいと思います。みんなから信頼される素敵なマネージャーになってください。確かに精神的にきつい時もありました。でも私なんかよりずっと部員さん達の方が苦労して、努力してるのを知ってるから一緒に頑張ってこれました。そして何よりしん先輩や千葉には本当に支えられたと思います。二人がいなかったらきっと続けられませんでした。今でも感謝しています。
 だから今度は、私が皆を支えてあげらるようにたりたいです。こんな何の取り柄もない私を受け入れてくれたラグビー部に心から感謝しています。とても楽しく、充実した3年間でした。本当に本当に皆ありがとう。ラグビー部、大好きです。』 
























「青春とは 意気であり 感激であり かえりみる微笑である」
 この一度きりの高校時代が、生涯の宝物のような思い出となり、この大好きな仲間たちと一緒にいつの日か酒を飲みながら笑ってほしいなと思います。現役・熊坂組は終わったけど、OB・熊坂組のスタートです。嫌がっても俺との縁も切らせません!つき合いはこれからです。ともに幸せな人生を送りましょう。
 熊坂組のみんな、たくさんの感動と思い出をありがとう。



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