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関東大会ブロック準優勝 『新しい旅』

2014/06/10

 関東で28校だけが味わえる幸せな空間。6月6日~8日、第62回関東高等学校ラグビーフットボール大会が山梨県富士北麓公園競技場で開催された。

 2年ぶり9回目の出場となる今回はGブロックに参戦。最も下のブロックとなるが、そこにいるのはGとは思えない難敵ばかりだった。

 昨年深谷高校を破り花園に出場して話題を独占した県立浦和高校、激戦区東京の強豪・東京朝鮮中高級学校、全国の東海大付属高校強化の流れで敏腕指導者を招聘し、着実に実力をつけてきた東海大甲府と横高の4チームだ。桐蔭、慶應という全国トップレベルのチームを有する激戦区神奈川の代表として、実はプレッシャーを感じての大会でもあった。

 

 6日、警報も出る記録的豪雨・・・。関東大会出場の一つのご褒美ともいえる開会式は残念ながら体育館で行われ、25名でなく10名のみの行進となった。それでも国学院久我山や流経大柏、日川といった全国区の強豪校と横高のファーストジャージが並んでいる姿を目にすると、実力差はさて置き、誇らしく嬉しい気持ちになった。式終了後は、迷う余地もない雨なので前日練習は行わず宿舎へ移動。
 大会本部から指定された宿・湖翠苑は河口湖に面しており、全室レイクビュー!女子(MG)貸切となった露天風呂から臨むは絶景。湖が鏡となって山々を上下対称に美しく映し出す。・・・はずだった。雨じゃなかったらなぁ。

 遠征地のミーティングは貴重な空間と時間。夜のミーティングでは「ラグビーの成り立ちと、なぜ紳士のスポーツと言われているのか」などの歴史と精神の根拠の話をした。その後は戦術の確認とジャージ授与式を行って初日を終えた。


 7日、朝から当たり前のように雨。9時キックオフに合わせ、6時20分朝食で6時50分バス出発というタイトスケジュール。バスの中で戦い方の最終確認を行った。

 初戦の相手は東海大甲府。縁も縁。何しろ相手の圓福(えんぷく)監督は私が警視庁を辞めた直後にシドニーにオーストラリアコーチ資格を取りに行ったときの同期生。もう10年以上の仲だ。さらにはなんと、圓福監督の実父・円福悟さんは横高ラグビー部のOB。この日は「自分の息子対自分の母校」という夢の?対決を楽しんでいただいた(差し入れありがとうございました!)。

  

 何しろ降り続く雨だ。試合は両チームのミスを前提としたゲームメイクに徹した。奪った2トライは想定通りのもの。県予選を勝ち抜いたトライと全く同じ取り方だった。

 逆転不可能な時間からは、ごく短時間ながらも交代可能数のリザーブを全投入(大会の2戦で10名のリザーブは全員出場)。コウダイやリュウカといった次世代を担うどころかこれから津田組のレギュラー争いに食い込んでくる1年生たちも公式戦デビューを果たした(リュウカはラグビー歴1ヶ月半!)。最終スコアは12-0で勝利。

 試合後は観たかったゲームが多々あったが、体調管理を優先してすぐに宿へ。16時から早くもビデオミーティングを行い、翌日の東京朝鮮戦の戦い方を確認した(東京朝鮮は浦和に10-0で勝利)。夕食後にジャージ授与式を行い就寝。

 

 

 いよいよブロック決勝。県大会1回戦・新城高校戦から9週間で8試合という超長旅もいよいよ最後の一戦。激戦区東京を勝ち抜き関東大会常連となっている東京朝鮮。複数のキッカーが両足で多彩なキックを蹴り分ける。伝統の激しいコンタクトと闘争心。この試合は間違いなくチャレンジャーと割り切って戦うゲームだ。

 雨も上がり、芝も乾き、やっぱり9時にキックオフ。キックオフ早々からエリア獲得もボール支配も優位に運び、7-0のリードで折り返した。リードしているのに迫りくる危機感を感じていた。何しろ前半15分頃から選手たちの顔は分かりやすく歪み、数名のFWがかつてないほど走れなくなっていたからだ。

 後半、やはり走れない。それに伴ってDFで最も大切にすべき規律が崩れ始めた。横高のDFセオリーでは絶対にやってはいけないNGをこの土壇場の大舞台でやってしまい、相手の独走を許して失トライ。リスタート後にも目を疑うようなDF判断ミス(というより判断すらしていない)であっさり逆転を許してしまった。

 終盤、相手インゴールに飛び込むも、トライではなくパイルアップの判定。敵陣深くで攻め続けたが、やはり今まで起こりえなかったNGプレーでボールを失った。

 ラスト3分、ボールを保持したまま動かして攻めるしかなかった。しかし動かす勇気もフィットネスも覚悟もなかった。「7-12」で失意のノーサイド。悔しさとふがいなさに押しつぶされそうな結末となった。

 ブロック優勝の夢ははかなくも消え、「なぜ!なぜ!」の怒りは消えない。今までずっと保ってきた攻守の規律と決まりを、なぜこの大一番で破ってしまったのか。なぜ攻めるしかないのに攻めなかったのか。

 東京朝鮮は想定通り強かった。客観的にはチャレンジャーが格上をギリギリまで追い詰めたスコアだ。フィットネスが切れたのも、大一番で数名がパニックに陥ったのも、攻める覚悟がなかったのも、すべては準備不足、つまり私の指導力不足が原因だ。そう本気で思っている。頭で理解はできているが、悔しさとふがいなさなどで混乱した感情が消えない。試合後の4時間ほど強豪校の試合を観戦したが、感情の整理はできなかった。

 

 横須賀ヘの帰りのバスでビデオをチェックし、津田組の長旅を振り返って、やっと冷静に総括できた。

「津田組は2年前に岩田組にもらった夢を立派に叶えたということ」

「自分達の今できるラグビーを信じ貫徹して実力以上の結果を出したということ」

「しかしこのラグビーではここまでが限界だということ」

「今から新しいターゲットと新しいラグビーへの挑戦が始まること」

これらを解散のときに確認した。

 2週間のセブンス大会と期末試験をはさみ、いよいよ津田組最後の大会・花園予選への日々が始まる。県内には津田組よりも一般的な実力があるチームは3つどころか多数存在することなど十分承知している。しかし地力がどうあれ、ベスト4にいる以上もう今までのように「ベスト8入り」を目標に掲げるわけにはいかない。岩田組が桐蔭学園に敗れた準決勝の麻溝の光景。次のターゲットはその試合しかない。つまり桐蔭学園。

 

 

津田

『今まで目標としてやって来て、やっとの思いで出場を決めた関東大会。自分の中で思っていた以上にあっという間に終わってしまいました。東京朝鮮戦では、個人としてもいいプレーができず、ブロック優勝を逃してしまい、本当に悔しい気持ちでした。特に何度もあったフォワードのチャンスを取りきれなかった事が一番悔しかったです。

 それでも各県の強豪校がそろう開会式で横須賀として行進ができたことや、チーム紹介で、学校名の前に神奈川県代表と付く事が新鮮で嬉しくて、とても貴重な時間を過ごせたと思います。この大会をひとつの区切りにして、新たな津田組として、どのレベルにも通用する自分達の本当の武器を身につけて行きたいです。』

 

シュンスケ

『単純に、悔しく不甲斐ないです。モールという武器に頼りすぎてしまい、肝心なところで得点することができませんでした。BKとしてもっと成長しなければならないこと、それ以前に自分がもっとステップアップしなければならないことが明確になり、刺激的な大会になりました。

  個人的には得意なタックルが通じたことが自信になりました。もう秋まで時間がありません。日々精進して、悔いの残らないように努力します。』

 

フウタ

『関東大会という大舞台でプレーできて楽しかったです。2年生の夏休みに関東大会に出れたらどんなに楽しいんだろうと思ってパス練習していたのを思い出しました。関東大会に行ってワクワクしながらラグビーをやるとどんどん上手くなれると感じました。もっと強くなりたいです。本当に応援ありがとうございました。』

 

ちか(大会中に誕生日!選手たちから得意の?サプライズプレゼント。)

『ずっと楽しみにしていた関東大会はあいにくの雨でしたが、すごく充実した3日間でした!開会式での行進や関東大会で活躍するみんなの姿を見れて、本当にうれしかったです。2年前からのみんなの日々の努力を感じてなんだか感慨深かったです。

 関東大会、連れて行ってくれて本当にありがとう!夏もマネージャー一同全力でサポートしていきたいと思います!』

 
 

 「ベスト8入り」を目指して構築したラグビーから、やるべきラグビーははっきり変わる。力差を考えると、義務感や悲壮感、ストイックさだけではとてもたどり着ける領域ではない。求められるのは独創性、冒険心と爽快なほどの開き直り。

 下を見ては恐怖が生まれ、沈みゆくのみだ。挑戦者だけが持てる高揚感と冒険心を胸に抱き、上だけを見つめる。津田組の新しい旅が始まる。

 

 

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