神奈川県立横須賀高校ラグビー部
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岩田組より 『高校ラグビーを終えて』
2012/11/27
花園という大きな目標を追い続けた岩田組。準決勝では敗れたものの、多くの人に感動を与える素晴らしいラグビーを見せてくれました。夢は叶いませんでしたが、歩んできた道のりは素晴らしく、残した背中は本当に立派でした。そんな岩田組の選手たちの最後の言葉です。
ジュンペイ(NO8、FWバイスキャプテン)
『2週間たった今でも、ふと桐蔭戦のことを思い出します。もうする必要もないのに、もっとブレイクダウンの練習したほうがよかったなぁ、ラインアウト修正しきゃなぁとか、つい反省してしまっています。全力でプレーした上で桐蔭の方が強かった。それはわかってるけど、あの時あの場面のあの選択は正しかったのか。もっといい判断ができたんじゃないか。もしかしたら勝てるチャンスもあったんじゃないか。そう思うと悔しくてたまりません。
でもこれまで過ごしてきた3年間はめちゃくちゃ楽しかったです。1人で思い出し笑いしてしまうほど最高の仲間にもであえました。もちろん松山先生に何度も怒鳴られ辛いこともありましたが、トライをとれると嬉しいし、苦手だったタックルで相手仰向けに倒した時はもっと嬉しかったです。
そう考えるとやっぱり横須賀高校に入学して、ラグビー部に入部したのは間違いなく正解でした。本当に幸せな日々でした。ありがとうございました。
最後に1,2年生へ。厳しいことを言うけど、スポーツは結果が全てだと思う。頑張ってるつもりの自分に満足したらただの茶番になってしまう。1年後、2年後自分たちが引退するときに本当にやりきった、後悔はないと言えるくらいまで練習をしてください。伊藤組の躍進を楽しみしています。』
ダイキ(WTB、BKバイスキャプテン)
『負けてからもうそろそろ2週間。そろそろ帰宅部生活にも慣れてきました。朝練ないからたっぷり寝て、授業も眠くならない。家に帰ってもまったく疲れてない。すごく新鮮です。ラグビー部の仲間と顔をあわせる機会が極端に減ったのが寂しいです。
完敗だったと思います。単に力不足だったと。思い出すとまだ悔しいです。というか、あまり思い出したくありません。3年間精一杯やったつもりでも、やっぱり後悔は残るみたいです。
本当に充実した3年間だったと思います。すごい楽しかったけど、楽しいだけじゃなかったです。すごい苦しんだこともたくさんありました。身体的なことも精神的なことも。すごい弱かったな、と思います。いろいろな人の支えでなんとか乗り越えられたと思います。この3年間で強くなれたと思います。それでもやっぱり届きませんでした。支えてくれた人たちに申し訳なく思います。感謝したいです。
これからの人生どう生きるのかわからないけど、この3年間は一生自分の根幹となっていき続けると思います。たくさんの仲間ができました。横須賀高校でラグビーやってよかったです。本当に3年間ありがとうございました。』
ジュン(PR、ストレング班スリーダー)
『ラグビー部に入ってから今まで、本当にあっという間でした。熊坂組から稲垣組、そして岩田組の三年間は今までにない濃い、最高の三年間でした。
ラグビー部に入って全てがかわった。びっくりするぐらいのハイテンション。気づいたら自分も「アゲアゲ~!」と叫ぶ日々。狂ったようなテンションで走ったヒニマラ、ヘッド、ランパスは最初は追いつくことで精一杯だった苦しさも、三年にもなるとむしろわくわくしたり、やりきった後の清々しさの方がありました。
ストレングスリーダーになって、入部当時の何倍もの量のメニューをみんなの前で本当に何度も何度も文句を言われながら発表し、延々と坂を駆け上がり、ウェイトに励んだ日々が懐かしいです。
それでも学校生活での規律を守る、学校行事の中心となるという、部活のためだけに学校に通っている私立とは違った横高ならではの所もたくさんあり、毎日「横高ラグビー部で良かった」と実感していました。
しかしその中で何回も後悔し、自分が嫌になって部活を辞めようかと思ったこともありました。自分に情けないと感じつつも思うようにいかないない日々。先生に最後まで何度も「お前はいつ変わるんだ」と言われ、落ち込むこともありました。でも先輩や岩田組の仲間がいたからこそ、そこから何度も立ち直り、今の自分がいるんだと思います。
そして桐蔭戦、自分は全てを出し切った。小さな後悔はあるけれども、自分は今まで支えてくれた仲間や親、先生への思いを胸に全力でぶつかった。あの試合の感覚は最初で最後だったかもしれないです。
今、引退してラグビーから遠ざかった毎日はとても違和感があり、下校時間ギリギリで帰った時も「この時間まで練習してたんだよなぁ」と少し寂しい気持ちになったり。
だから後輩には、自分達よりも1日も長くラグビーをしてほしい。つらいことがあっても仲間どうしで支えあって、横須賀高校らしく「アゲアゲ」の精神で、三年間全力でやりきってください!
最後に頼れる先輩ではなかったけれども、ずっとついてきれくれた後輩、家で愚痴ることもあったけど、ずっと励ましてくれた親、最後までずっと自分を変えようとしてくれた先生、支えてくれた岩田組の仲間たち。本当に日々の練習が楽しかった。みんなとラグビーができるということが嬉しかった。本当にありがとう。』
カズヤ(HO)
『この三年間ラグビー部に所属して本当にたくさんの事がありました。思い返せば1年生の頃、軽い理由で入部したラグビー部で先輩たちの背中に憧れながらも辛い練習の毎日に人生で初めて挫折を経験し、何度も逃げようと思いました。
しかし仲間や先生、周りの人たちの励ましで強い心を持ち、最後までやり通す事が出来ました。
日々の練習、キツかった夏合宿、他校との試合に合同練習、新入生歓迎や文化祭、ラグビー部として仲間と過ごした、当たり前のように続くとおもっていた毎日が思い出に変わってしまったと思うと言葉では表せない気持ちでいっぱいです。
現役の後輩たちを見ていると羨ましくさえ思います。人生であんなに笑ったのも、泣いたのも、嬉しかったのも、悔しかったのも、こんなに純粋に感じることはもう無いかもしれません。
でもこれからの人生、横須賀高校ラグビー部からもらったたくさんの大切なものを糧にして飛躍して行きたいと思います。ラグビー部のみんな、先生にスタッフの方々、応援してくだった方、三年間本当にありがとうございました。』
リョウ(PR)
『本当に充実した3年間でした。自分がもしラグビー部に入っていなかったら、ただぼんやりした3年間を過ごして、何の思い出のない高校生活になっていただろうと思います。
ラグビー部では試合や練習を通して精神的にも肉体的にも学ぶことが沢山あって、また学校行事でも貴重な体験を経験する事がありました。
一からラグビーを教えて下さった松山先生、森上コーチ、そして、ケガをした時に治療とリハビリ、ケアの面でお世話になった赤羽さん、本当に3年間ありがとうございました。』
匠(PR)
『引退して、改めて振り返ってみると、意外と鮮明に残っている思い出は少ないです。でも、今でも覚えているのは、怪我での長期離脱です。あの怪我が無ければ、ああなっていたのかなとかこうなっていたのかなとか今でもたまに考えたりします。全部の怪我期間を考えてみたら、実は全部合わせて、1年近くラグビーをしていないことに気づきました。
でも、ここまで頑張ってこれたのは、支えてくれる親であったり、仲間のおかげだと思っています。本当にありがとう。そして、3年生になってからのラグビーはものすごく楽しかったです。自分たちで試合をつくっていく。それがすごい楽しかったです。
後輩に残す言葉は特にありません。もう十分に見せてこれたかなと思うので。
振り返るとキリがないので最後に、ラグビーを通じて出会った仲間たちは、最高に素晴らしいと心から思います。そして、松山先生という、素晴らしい指導者に出会えたことに感謝しています。先生についていって、間違いはありませんでした。ありがとうございました。』
ヨウ(LO)
『早いもので引退してから二週間たとうとしている。最初の二、三日は、気持ちの整理が全然つかなくてぼーとすることが多かったけど、一週間経ちやっと気持ちの整理ができ、改めて思ったことは本当にたくさんの人に感謝したいということです。なので最後にここで感謝気持ちを述べていきたいと思います。
まず一、二年生。本当にありがとう。怪我ばかりで不甲斐ないとこばかりしか見せれなかったし、うざがらみばっかしたけどホント楽しかった。これから辛いこともあると思うけど、大丈夫、お前らは強いから。
次に三年生。ありがとう。みんなと最後までラグビーできて本当に楽しかったし、幸せだった。これからも仲良くしてください。
次に赤羽さん。本当にお世話になりました。怪我ばかりで迷惑ばかりかけたけど、赤羽さんの治療や指導で最後までプレーできました。
森上コーチ。色々相談に乗ってくれたり、アドバイスをくれたりありがとうございました。
それから松山先生。先生は最高の監督です。自分たちがここまで来れたのは、先生の指導があったからです。本当にありがとうございました。
そして最後に両親。ここでは書ききれないほど感謝しています。大きな怪我で心配や迷惑いっぱいかけたし、無理もいっぱいさせたけど、最後まで何も言わず送り出してくれてありがとう。
この三年間本当に幸せでした。この思いを胸にこれからの人生頑張りたいと思います。』
シュウヘイ(LO、パッション班リーダー)
『引退してから二週間がたちました。まだ二週間というか、もう二週間というか、何とも言えない時間の感覚です。引退したあの日は、正直、「本当に終わってしまったのか?」と、信じられない気持ちと言うよりは何が起きたのかわからない気持ちの方が大きかったです。
いつの間にか、身体中にあった痛みは消えてしまいました。朝練もなくなりました。放課後、部室に行かなくなりました。そんな生活が二週間続いて、ようやく、少しずつ、引退を実感し始めた気がします。
この二年半は辛いことも、きついことも、嬉しいことも、楽しいことも、中学校までの生活とは比べ物にならないほど経験しました。 経験者として入部したときも、経験者にはあるまじき実力だったのが、最後はそれなりにいいところまで来れたのではないかと思っています。
桐蔭学園に負けてしまったのは本当に悔しいです。ただ、それでも、本当に、横須賀高校ラグビー部で、松山先生の下で、この岩田組でラグビーができたことが誇りであり、一生の宝物になると思います。二年半、本当にありがとうございました。』
シュンペイ(FL、モラル班リーダー)
『生活の一部からラグビーが無くなってしまうことがこんなに虚しくて、寂しいことだとは思いもしませんでした。2週間前まで部活をやっていたのが嘘のようで、まだ長い試験休みのような感覚です。
ラグビー部での3年間をふり返ると、自分が恵まれていたことを改めて実感します。人並みかそれ以下の運動能力の自分がラグビーを出来たのは先生方の指導のおかげです。またプレーだけではなく、責任や誇り・自己犠牲・思いやり・優しさ・誠実さ。多くのことを松山先生からは教えてもらいました。この3年間で一個人として大きく成長出来たと思います。
1・2年生のみんなへ。
最後の最後まで3年のために頑張ってくれてありがとう。次は自分たちの代です。もし苦しくなっても周りにはラグビー部のみんながいます。決してあきらめず、自分の信念をもってヘッズアップし続けて下さい。
岩田組のみんなと過ごした時間は一生の宝物です。こんなにおもしろくて楽しくて最高の仲間に巡り逢えて本当によかったです。
最後に、この3年間自分に携わってくれた全ての人に感謝したいと思います。本当にありがうございました。追い出し試合と卒業旅行を楽しみにしながら受験勉強もっと頑張ります!』
タカヒロ(FL)
『11月11日、ノーサイドの笛と共に僕の高校ラグビーは終わった。
入学当時、僕は練習があまり厳しくない部活に入って在り来りな高校生活を送るつもりでいた。だから、ラグビー部に入部してこんなにも練習に明け暮れる日々を送るなんて考えもしなかった。
ラグビー部に入ってからは語り切れないほど色々なことがあった。特に印象深かったことは先輩たちの引退だ。先輩たちは辛い時はいつも励ましてくれた。時には怒られることもあったけどとても頼れるカッコイイ先輩たちだった。だからこの引退の日、そんな先輩たちが見せてくれた大きな背中を僕も後輩たちに見せられるようになろうと決心した。
しかし、先輩が引退した2ヶ月後に手術を伴う大きな怪我をしてしまった。治った直後の試合でまた大きな怪我をしてしまった。そのため関東大会にも出れなかった。辛くて何度も辞めようと思った。でもその度に仲間たちが励ましてくれた。だから最後まで頑張れた。
そして花園予選準決勝、相手は桐蔭、僕にとっては初めての大舞台。緊張と不安から試合前にも関わらずトレーニングをしてしまった。けど試合には勝てると思っていた。周りには凄いプレーヤーがたくさんいたから。試合は思うようにいかず得意としていたタックルでミスをしてしまい足を引っ張ってしまった。
ノーサイドの笛が鳴った瞬間、涙が溢れた。悔しかった。もうこのチームで試合が出来ないこと。松山先生やキャプテン、支えて下さった人々に恩返しが出来なかったこと。この試合で後輩たちに大きな背中を見せれたとは言えないだろう。でも後輩たちの心配はしていない。だって僕より強くたくましい後輩たちだから。
最後に横須賀高校ラグビー部に感謝をしようと思う。いつも笑顔をありがとう。』
リョウヘイ(SH)
『一年生のときに見た三年生の大きな背中。今の自分はあんなかっこいい姿になれているのだろうか。桐蔭に負けて引退して約二週間が経った。正直、まだ二週間か、という感じだ。もっと昔のことに思える。でも、毎年引退した先輩が言っていた通り、寝る前やふとした時にあの試合を思い出す。あのときパスできていれば。低くタックルに入っておけば。もっと早くさばくことができていれば。試合のことだけじゃなく、もっと走り込んでいれば。腰を怪我しなければ。多分これからも後悔はなくならないのだろう。
入学したときは、まさかここまでラグビーにのめり込むとは思っていなかったた。ラグビー中心の生活は(勿論ラグビー以外も楽しんだが、)痛いしきついし授業は眠いし、やっぱり辛いことが多かった。でも引退して、つらいことなんて勉強くらいでけがする恐れもなくなって授業も眠くならない生活をしていると、あのきつくて死にそうだった日々になぜか戻りたくなる。練習後のタイヤでのぐだりや、坂ダッシュが終わった後の達成感が恋しくて仕方ない。やっぱりラグビーが、ラグビー部が大好きだったんだなあと改めて思った。
桐蔭戦前日の円陣。坂東武者を唱いながらみんなの顔を見渡していた。つらいこと全部一緒に乗り越えてきた三年生は、入部当初とは比べ物にならないくらいかっこよくなっていた。それならきっと俺も少しは大きくなれたんだろう。
後輩へ。
俺は多分先輩の中でも健太の次とかに怖かったと思います。しょっちゅう怒鳴ったりしてごめん。でもほんとは同い年の仲間と変わらないくらいみんなのことを尊敬してます。去年や一昨年の俺じゃ毎週毎週あんなきついことできないもん。一緒に頑張ってきてくれてありがとう。これからはお前らの活躍を応援してます。
最後に、三年間俺を支えつづけてくれた両親。本当に親身になって助けてくれた赤羽さん。技術的なアドバイスをたくさんくれ、時には笑わせてくれた森上さん。自分に『スクラムハーフ』を教えてくれた松山先生。きついときも一緒に頑張ってきた三年のみんな。他にもたくさんの人の応援があって幸せな日々か過ごせました。三年間本当にありがとうございました!』
シュンスケ(SO)
『11月11日12時15分、自分は県立横須賀高校ラグビー部を引退する事になった。出場した時間は5分程。自分はこの5分ために、3年間走り続けてきた。このためだけに。
2年半前、学校の帰り、自分はふと先輩に誘われ ラグビー部の練習に行った。練習が終わり、家に帰り、すぐ両親にラグビー部に入りたいと言った。この1日で、自分の高校生活はとてつもなく変わった。あの日、あの時間に自分は帰っていなかったら、間違いなく全く違う高校生活を送っていただろう。運命的な出会いというものだったのかもしれない。
あれから、2年半。とてつもなく長くて、あっという間だった。具体的に全ての事を思い出すのは無理だが、「やり遂げた」これだけはこんな自分でも言い切れると思う。
自分はチームに必要なのか、チーム対し何か出来ている事はあるのかとずっと思っていた。引退する最後まで、それは分からなかった。ノーサイドの笛が鳴り、表彰をしている最中、スタンドからのものすごい声援が 自分を包んだ。スタンドの方を、直視出来なかった。
試合が終わり、仲間と声を掛け合っている時に こういう言葉をもらった。「お前と最後の最後までラグビーやれて良かった。」「本当にありがとう。」今まで、ずっと悩んでいた自分はこの言葉で、続けてきて良かった。本当にそう思えた。最高の仲間達に出会い、最高の時間を過ごせた。
後輩へ。
自分はうまくアドバイスとかもできないし、先輩として何もできなかったかもしれない。でも、これだけは忘れないで欲しい。
「どうか逃げるな。前をむいて、やり遂げろ。」
本当にこの言葉を信じてやってきて、良かった。自分はそう思ってます。毎日毎日、自分自身が強くなり続けられるように、日々を過ごしていって下さい。それが、チームの力となり自分の自信にもなると思います。本当に今までありがとう。
この部に入り、本当に色々な事を学びました。ここで得る事ができた物は、自分にとって 人生の宝物になったと思います。何回も諦めかけた自分を、支えてくれた部の仲間、マネージャー、先輩、先生、コーチ、保護者の方々、両親。本当に本当にありがとうございました。』
リョウイチ(WTB)
『3年間を振り返ってみると、1年のはじめの2ヶ月程度をしっかりと過ごしていればなと思います。夏に入ってからのセブンスと合宿はいい経験になりました。セブンスでは、やってきた15人制のラグビーより一人一人の力が試されて、そこで自分の力を少しでも示せたことで自信を付けることができました。
合宿では初めて「しぼり」を経験しました。今でも、ラグビーを約3年続けてきましたが、あれ以上辛いことはなかったんじゃないかって 思います。ですが、この「しぼり」のおかげでどんな事も乗り越えて来れたのかなって思うところもあります。
秋になって、初めて花園予選を経験しました。自分は試合に出れなかったのですが、試合会場の空気感とか3年生の先輩が試合をする姿は自分のラグビーに対する気持ちを一層強くしました。また、先輩たちが引退するときにはこの先輩たちを越えたいと思いました。
2年生になって、代が変わるとラグビーのスタイルも変わって、試合に出れるようになると、体を張ることの大切さが身にしみてわかるようになりました。1個上の先輩たちはタックルなどプレーの一つ一つが激しくて、その激しさで関東大会出場を掴みました。関東大会では今まで戦ったことのない敵と戦って自分の成長のためのいい刺激になりました。
夏の合宿では去年と違い、試合をたくさんしました。試合をたくさんすることで、試合感を今までよりも養うことができました。
夏を終えて2度目の花園予選では、自分も出れるようになって試合をしていきましたが、ベスト8決めであたった東海大相模戦では負けてしまい、自分の無力さを思い知りました。引退した先輩たちには体の張り方やひたむきさを教えてもらって、自分もこんな選手になろうと思いました。
3年生になって、新人戦ではベスト4を奪還できなくてお世話になった先輩方に成長した姿を見せれなかったのですが、関東大会予選ではベスト4を奪還できて、関東大会では歴代で一番いい成績を残せたことが嬉しかったです。関東大会が終わってからは、私情によってチームを離れることになってしまい、ほんとに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
ですが、秋になってチームに戻れるようになるとみんなは明るく受け入れてくれて、助かりました。それからは遅れを取り戻そうと練習して、声を出してついて行きました。
そして迎えた花園予選では、ベスト4まで進み桐蔭と当たることになって、負けて、引退することになってしまいました。
試合を終えて今持ってた力は全て出し切れたと思いました。負けてはしまったものの、この仲間と練習してきて一年の頃に思ってた姿を越える自分になれて、時間が過ぎてしまったからかもしれないですが悔いは残ってないと思います。
長々とまとまりのない文ですが、振り返ってみて最終的にはラグビーやっててよかったと思いました。』
マサシ(WTB)
『最近、「もう部活は終わったのか…」としみじみと感じる。そうやって客観的に自分のことを見ている自分に気付き、笑ってしまう。終わってしまうと何もかも短かったように思える。そして自分の生活でのラグビーの占める時間の多さにビックリした。今までを振り返っても楽しかった事が多すぎて、苦しんだり悩んだりしたことは薄れてしまう。
ラグビーに入ったのは二年生に上がる直前だった。何も知らずに練習に参加して怒鳴られて怖かったのを覚えてる。しかし今ではそれも思い出。もうそれは「ノットリリースザボール」だとわかる。もうすることはないだろう。ラグビー部に入ってなかったら…そう考えると恐ろしい。ラグビーは僕の学校生活を劇的に変えてくれた。本当に感謝している。
三年生になり関東大会が終わって、僕はラグビー部を本気で辞めようと思っていた。部活をしながら受験なんて自分には無理だと決めつけてしまっていたのだ。自分は弱いんだと気づいた。
先生や仲間と話し合って休部することにした。今までは「自分のために」勉強をしていたが、自分の心に変化が生まれた。みんなは今ラグビーを頑張っているんだ。自分を信じてくれているんだ。と考える度に自分に喝が入り、勉強を頑張ることができた。
先生が日頃から「自分一人のためにできることなんてたかが知れている。誰かのためだからこそ頑張れることがある。」と言っていた。今ならその言葉が身に染みてわかる。
だからこそ、今回の桐蔭戦は勝ちたかった。自分の思いを体現したかった。僕はみんながどれだけ頑張って来たのかも知っている。
それでも力が及ばなかった。試合では負けてしまったけど、僕はラグビーからたくさんのものをもらったと思う。この仲間たちと出会い、一緒にラグビーができて本当に楽しかった。色々な人に感謝しっぱなしの1年と7ヶ月でした。』
タツヤ(FB)
『このラグビー部で過ごした3年間は自分にとって、本当にかけがえのないものでした。強引な勧誘から始まり、ラグビーという全く新しいスポーツと関わることになり、初めは少し戸惑いもありましたが、魅力的な仲間と過ごしているうちにそんなものは一切なくなっていました。
2年生のときには骨折もあり、辛い時期もありましたが部活をやめるという選択はありませんでした。また3年ではポジション変更がありましたが、みんなが支えてくれたおかげでプレーに慣れていくことが出来ました。
たくさんふざけ合いました。でも本気で部活も頑張りました。辛くも楽しい日々でした。本当に素晴らしい時間だったと思います。普段はみんなでふざけあって、部活になったらみんなが切磋琢磨しあう。こんなに素晴らしい環境が他にあるのでしょうか。入学したときに迷いに迷ってこの部活に入部したことは、本当に最高の選択だったと思っています。あのとき強引に部活まで引っ張っていってくれた先輩に、本当に感謝しています。
そして今まで支えてくださった方々、本当にありがとうございました。』
りほ(MG)
『まず始めに、保護者、OBの方々、応援してくださった方々、岩田組を支えてくださり本当にありがとうございました。皆様の支えがあったからこそ、岩田組はここまでやってこれたのだと思います。ありがとうございました。
桐蔭戦から1週間以上たってしまいました。はるか遠い日のように感じられますが、あの日のことは今でもリアルに思い出せます。今はただ、学校が終わったらまっすぐ塾に向かわなければならない日々に漠然と寂しさを感じています。1・2年生がラグビーバッグを持って歩いてるのが羨ましいぐらいです。引退してはじめて自分の中でのラグビー部の存在の大きさに気がつきました。
2年半は振り返ってみるとあっという間でした。1年生のとき終わりが見えなかった部活が、終わってしまったなんて今でも信じられません。辛いことばかりだと思っていたけど、今思うと楽しいことばかりの2年半でした。
私はほんとに頼りないマネージャーで、みんなにたくさん迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っています。いつも七帆、里菜ちゃん、後輩マネージャーに助けられました。5人で岩田組を支えてこれて良かったです。本当に感謝しています。
こんなに充実した日々を送ることができたのは、ラグビー部のおかげです。みんなを、松山先生を信じて良かった。マネージャーとしてグランドに立っていられた時間は、本当に幸せでした。横高ラグビー部は私の誇りです。』
ななほ(MG)
『ノーサイドの笛。あれから2週間もたったけど、いつものただの試験休みのようです。自分が引退したことを、私は今だに心のどこかで信じきれていません。でも、廊下でリュックを背負ったみんなを見かけたりすると、いつものエナメルでないことに漠然と寂しくなったりもします。
最後となってしまったみんなのユニフォーム姿は本当にかっこよかった。立派だった。そして、ラグビーというスポーツに、今さらながら大きな感動を感じました。私はあの試合を一生忘れません。
あのあと、マネージャー全員に手紙を書きました。たくさんの楽しい思い出のことと、今までのありがとうと。何かあったら、いつでも言ってね。私もそうやって、先輩に支えられてきたから。
三年生、本当にありがとう。たくさん迷惑をかけてしまったけど、私は最後まで自分にできることは全てやってきたつもりです。
幸せな時間でした。ありがとう。』
リナ(MG)
『桐蔭戦から2週間が経ってしまいました。試合に負けた悔しさよりも、もう岩田組のみんなとグラウンドに立つことが出来ない悲しさのほうが大きいです。岩田組のみんなはこの2週間何を考えていたんだろう。思い出に浸る余裕すらなく勉強に追われていたのでしょうか。受験生オーラ全開でしょうか。ラグビーバッグのない教室は少し広く感じます。個人的な理由で1年間部活から離れていたときも、みんなの活躍ぶりが知りたくて何度もこのHPにアクセスしていました。稲垣組の引退も岩田組の関東大会も一緒に迎えることは出来ませんでしたが、最後の花園予選で選手の勇姿を目に焼き付けることができて本当に幸せです。
不器用で、里穂と七帆と後輩に頼りっぱなしで選手にもたくさん迷惑をかけましたが、みんなが居てくれたからここまで続けることができました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。また、この2年半でたくさんの経験を重ね、人として成長することができました。家族、先生、友達、みんなに感謝しています。
そして最後に。ラグビー部のみんなと過ごした時間、流した涙や汗。それらは全部私の宝物であり、一生忘れません。ラグビー部のみんなが好きです。大好きです。』
ケンタ(CTB、岩田組キャプテン)
『まだテスト期間なんじゃないか、という思いがまだ捨てきれないでいます。一週間もたてば、また集まって練習が始まっていつものように帰って…。そんな日がもう二度とくることがないのだと思うと、引退という現実から目をそらしたくなります。今は一日中予備校に篭り、夜帰るときの身体の元気さになんともいえない寂しさを感じたりします。
引退した身でしかわからないものだろう事を、いくつか後輩たちに残しておきたいと思います。ひとつは、ラグビーができていることの幸せ。メンバーが揃って、対戦相手がいて…当たり前と思えば当たり前とも思えますが決してそれを当たり前と思って欲しくないです。
もう一つは決して言い訳を作らないこと。環境も人材も横須賀はむしろ恵まれてるぐらいだと思います。勉強だって、「両立してるのがすごい」ではなく「両立して当たり前」だという風潮を作って欲しいです。身の回りをみて満足するのではなく、県外、全国に目を向けて欲しいと思います。どうせ目標にするなら、高い方がいいと思います。
長々と書いてしまいましたが、最後のミーティングでも言わせてもらったように、自分が毎日言わせてもらった言葉の一つ、一単語であったりが後輩たちのこれから先どこかでプラスに転じさせるものになってくれたら嬉しいです。
最後になりましたが、今までなんの不自由もなくラグビーをやらしてもらった事、支えてきてくださったすべての方、松山先生と出会えた奇跡、巡り合えた仲間、すべてに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。OB、保護者の方、これからも横須賀高校ラグビー部をよろしくお願いします。
岩田組のキャプテンができて、本当に幸せでした。』
たくさんの応援、本当にありがとうございました。
岩田組は誇りを胸に次のステージに進み、その魂と背中は伊藤組が引き継ぎます。
今後とも応援よろしくお願いいたします!
ジュンペイ(NO8、FWバイスキャプテン)
『2週間たった今でも、ふと桐蔭戦のことを思い出します。もうする必要もないのに、もっとブレイクダウンの練習したほうがよかったなぁ、ラインアウト修正しきゃなぁとか、つい反省してしまっています。全力でプレーした上で桐蔭の方が強かった。それはわかってるけど、あの時あの場面のあの選択は正しかったのか。もっといい判断ができたんじゃないか。もしかしたら勝てるチャンスもあったんじゃないか。そう思うと悔しくてたまりません。
でもこれまで過ごしてきた3年間はめちゃくちゃ楽しかったです。1人で思い出し笑いしてしまうほど最高の仲間にもであえました。もちろん松山先生に何度も怒鳴られ辛いこともありましたが、トライをとれると嬉しいし、苦手だったタックルで相手仰向けに倒した時はもっと嬉しかったです。
そう考えるとやっぱり横須賀高校に入学して、ラグビー部に入部したのは間違いなく正解でした。本当に幸せな日々でした。ありがとうございました。
最後に1,2年生へ。厳しいことを言うけど、スポーツは結果が全てだと思う。頑張ってるつもりの自分に満足したらただの茶番になってしまう。1年後、2年後自分たちが引退するときに本当にやりきった、後悔はないと言えるくらいまで練習をしてください。伊藤組の躍進を楽しみしています。』
ダイキ(WTB、BKバイスキャプテン)
『負けてからもうそろそろ2週間。そろそろ帰宅部生活にも慣れてきました。朝練ないからたっぷり寝て、授業も眠くならない。家に帰ってもまったく疲れてない。すごく新鮮です。ラグビー部の仲間と顔をあわせる機会が極端に減ったのが寂しいです。
完敗だったと思います。単に力不足だったと。思い出すとまだ悔しいです。というか、あまり思い出したくありません。3年間精一杯やったつもりでも、やっぱり後悔は残るみたいです。
本当に充実した3年間だったと思います。すごい楽しかったけど、楽しいだけじゃなかったです。すごい苦しんだこともたくさんありました。身体的なことも精神的なことも。すごい弱かったな、と思います。いろいろな人の支えでなんとか乗り越えられたと思います。この3年間で強くなれたと思います。それでもやっぱり届きませんでした。支えてくれた人たちに申し訳なく思います。感謝したいです。
これからの人生どう生きるのかわからないけど、この3年間は一生自分の根幹となっていき続けると思います。たくさんの仲間ができました。横須賀高校でラグビーやってよかったです。本当に3年間ありがとうございました。』
ジュン(PR、ストレング班スリーダー)
『ラグビー部に入ってから今まで、本当にあっという間でした。熊坂組から稲垣組、そして岩田組の三年間は今までにない濃い、最高の三年間でした。
ラグビー部に入って全てがかわった。びっくりするぐらいのハイテンション。気づいたら自分も「アゲアゲ~!」と叫ぶ日々。狂ったようなテンションで走ったヒニマラ、ヘッド、ランパスは最初は追いつくことで精一杯だった苦しさも、三年にもなるとむしろわくわくしたり、やりきった後の清々しさの方がありました。
ストレングスリーダーになって、入部当時の何倍もの量のメニューをみんなの前で本当に何度も何度も文句を言われながら発表し、延々と坂を駆け上がり、ウェイトに励んだ日々が懐かしいです。
それでも学校生活での規律を守る、学校行事の中心となるという、部活のためだけに学校に通っている私立とは違った横高ならではの所もたくさんあり、毎日「横高ラグビー部で良かった」と実感していました。
しかしその中で何回も後悔し、自分が嫌になって部活を辞めようかと思ったこともありました。自分に情けないと感じつつも思うようにいかないない日々。先生に最後まで何度も「お前はいつ変わるんだ」と言われ、落ち込むこともありました。でも先輩や岩田組の仲間がいたからこそ、そこから何度も立ち直り、今の自分がいるんだと思います。
そして桐蔭戦、自分は全てを出し切った。小さな後悔はあるけれども、自分は今まで支えてくれた仲間や親、先生への思いを胸に全力でぶつかった。あの試合の感覚は最初で最後だったかもしれないです。
今、引退してラグビーから遠ざかった毎日はとても違和感があり、下校時間ギリギリで帰った時も「この時間まで練習してたんだよなぁ」と少し寂しい気持ちになったり。
だから後輩には、自分達よりも1日も長くラグビーをしてほしい。つらいことがあっても仲間どうしで支えあって、横須賀高校らしく「アゲアゲ」の精神で、三年間全力でやりきってください!
最後に頼れる先輩ではなかったけれども、ずっとついてきれくれた後輩、家で愚痴ることもあったけど、ずっと励ましてくれた親、最後までずっと自分を変えようとしてくれた先生、支えてくれた岩田組の仲間たち。本当に日々の練習が楽しかった。みんなとラグビーができるということが嬉しかった。本当にありがとう。』
カズヤ(HO)
『この三年間ラグビー部に所属して本当にたくさんの事がありました。思い返せば1年生の頃、軽い理由で入部したラグビー部で先輩たちの背中に憧れながらも辛い練習の毎日に人生で初めて挫折を経験し、何度も逃げようと思いました。
しかし仲間や先生、周りの人たちの励ましで強い心を持ち、最後までやり通す事が出来ました。
日々の練習、キツかった夏合宿、他校との試合に合同練習、新入生歓迎や文化祭、ラグビー部として仲間と過ごした、当たり前のように続くとおもっていた毎日が思い出に変わってしまったと思うと言葉では表せない気持ちでいっぱいです。
現役の後輩たちを見ていると羨ましくさえ思います。人生であんなに笑ったのも、泣いたのも、嬉しかったのも、悔しかったのも、こんなに純粋に感じることはもう無いかもしれません。
でもこれからの人生、横須賀高校ラグビー部からもらったたくさんの大切なものを糧にして飛躍して行きたいと思います。ラグビー部のみんな、先生にスタッフの方々、応援してくだった方、三年間本当にありがとうございました。』
リョウ(PR)
『本当に充実した3年間でした。自分がもしラグビー部に入っていなかったら、ただぼんやりした3年間を過ごして、何の思い出のない高校生活になっていただろうと思います。
ラグビー部では試合や練習を通して精神的にも肉体的にも学ぶことが沢山あって、また学校行事でも貴重な体験を経験する事がありました。
一からラグビーを教えて下さった松山先生、森上コーチ、そして、ケガをした時に治療とリハビリ、ケアの面でお世話になった赤羽さん、本当に3年間ありがとうございました。』
匠(PR)
『引退して、改めて振り返ってみると、意外と鮮明に残っている思い出は少ないです。でも、今でも覚えているのは、怪我での長期離脱です。あの怪我が無ければ、ああなっていたのかなとかこうなっていたのかなとか今でもたまに考えたりします。全部の怪我期間を考えてみたら、実は全部合わせて、1年近くラグビーをしていないことに気づきました。
でも、ここまで頑張ってこれたのは、支えてくれる親であったり、仲間のおかげだと思っています。本当にありがとう。そして、3年生になってからのラグビーはものすごく楽しかったです。自分たちで試合をつくっていく。それがすごい楽しかったです。
後輩に残す言葉は特にありません。もう十分に見せてこれたかなと思うので。
振り返るとキリがないので最後に、ラグビーを通じて出会った仲間たちは、最高に素晴らしいと心から思います。そして、松山先生という、素晴らしい指導者に出会えたことに感謝しています。先生についていって、間違いはありませんでした。ありがとうございました。』
ヨウ(LO)
『早いもので引退してから二週間たとうとしている。最初の二、三日は、気持ちの整理が全然つかなくてぼーとすることが多かったけど、一週間経ちやっと気持ちの整理ができ、改めて思ったことは本当にたくさんの人に感謝したいということです。なので最後にここで感謝気持ちを述べていきたいと思います。
まず一、二年生。本当にありがとう。怪我ばかりで不甲斐ないとこばかりしか見せれなかったし、うざがらみばっかしたけどホント楽しかった。これから辛いこともあると思うけど、大丈夫、お前らは強いから。
次に三年生。ありがとう。みんなと最後までラグビーできて本当に楽しかったし、幸せだった。これからも仲良くしてください。
次に赤羽さん。本当にお世話になりました。怪我ばかりで迷惑ばかりかけたけど、赤羽さんの治療や指導で最後までプレーできました。
森上コーチ。色々相談に乗ってくれたり、アドバイスをくれたりありがとうございました。
それから松山先生。先生は最高の監督です。自分たちがここまで来れたのは、先生の指導があったからです。本当にありがとうございました。
そして最後に両親。ここでは書ききれないほど感謝しています。大きな怪我で心配や迷惑いっぱいかけたし、無理もいっぱいさせたけど、最後まで何も言わず送り出してくれてありがとう。
この三年間本当に幸せでした。この思いを胸にこれからの人生頑張りたいと思います。』
シュウヘイ(LO、パッション班リーダー)
『引退してから二週間がたちました。まだ二週間というか、もう二週間というか、何とも言えない時間の感覚です。引退したあの日は、正直、「本当に終わってしまったのか?」と、信じられない気持ちと言うよりは何が起きたのかわからない気持ちの方が大きかったです。
いつの間にか、身体中にあった痛みは消えてしまいました。朝練もなくなりました。放課後、部室に行かなくなりました。そんな生活が二週間続いて、ようやく、少しずつ、引退を実感し始めた気がします。
この二年半は辛いことも、きついことも、嬉しいことも、楽しいことも、中学校までの生活とは比べ物にならないほど経験しました。 経験者として入部したときも、経験者にはあるまじき実力だったのが、最後はそれなりにいいところまで来れたのではないかと思っています。
桐蔭学園に負けてしまったのは本当に悔しいです。ただ、それでも、本当に、横須賀高校ラグビー部で、松山先生の下で、この岩田組でラグビーができたことが誇りであり、一生の宝物になると思います。二年半、本当にありがとうございました。』
シュンペイ(FL、モラル班リーダー)
『生活の一部からラグビーが無くなってしまうことがこんなに虚しくて、寂しいことだとは思いもしませんでした。2週間前まで部活をやっていたのが嘘のようで、まだ長い試験休みのような感覚です。
ラグビー部での3年間をふり返ると、自分が恵まれていたことを改めて実感します。人並みかそれ以下の運動能力の自分がラグビーを出来たのは先生方の指導のおかげです。またプレーだけではなく、責任や誇り・自己犠牲・思いやり・優しさ・誠実さ。多くのことを松山先生からは教えてもらいました。この3年間で一個人として大きく成長出来たと思います。
1・2年生のみんなへ。
最後の最後まで3年のために頑張ってくれてありがとう。次は自分たちの代です。もし苦しくなっても周りにはラグビー部のみんながいます。決してあきらめず、自分の信念をもってヘッズアップし続けて下さい。
岩田組のみんなと過ごした時間は一生の宝物です。こんなにおもしろくて楽しくて最高の仲間に巡り逢えて本当によかったです。
最後に、この3年間自分に携わってくれた全ての人に感謝したいと思います。本当にありがうございました。追い出し試合と卒業旅行を楽しみにしながら受験勉強もっと頑張ります!』
タカヒロ(FL)
『11月11日、ノーサイドの笛と共に僕の高校ラグビーは終わった。
入学当時、僕は練習があまり厳しくない部活に入って在り来りな高校生活を送るつもりでいた。だから、ラグビー部に入部してこんなにも練習に明け暮れる日々を送るなんて考えもしなかった。
ラグビー部に入ってからは語り切れないほど色々なことがあった。特に印象深かったことは先輩たちの引退だ。先輩たちは辛い時はいつも励ましてくれた。時には怒られることもあったけどとても頼れるカッコイイ先輩たちだった。だからこの引退の日、そんな先輩たちが見せてくれた大きな背中を僕も後輩たちに見せられるようになろうと決心した。
しかし、先輩が引退した2ヶ月後に手術を伴う大きな怪我をしてしまった。治った直後の試合でまた大きな怪我をしてしまった。そのため関東大会にも出れなかった。辛くて何度も辞めようと思った。でもその度に仲間たちが励ましてくれた。だから最後まで頑張れた。
そして花園予選準決勝、相手は桐蔭、僕にとっては初めての大舞台。緊張と不安から試合前にも関わらずトレーニングをしてしまった。けど試合には勝てると思っていた。周りには凄いプレーヤーがたくさんいたから。試合は思うようにいかず得意としていたタックルでミスをしてしまい足を引っ張ってしまった。
ノーサイドの笛が鳴った瞬間、涙が溢れた。悔しかった。もうこのチームで試合が出来ないこと。松山先生やキャプテン、支えて下さった人々に恩返しが出来なかったこと。この試合で後輩たちに大きな背中を見せれたとは言えないだろう。でも後輩たちの心配はしていない。だって僕より強くたくましい後輩たちだから。
最後に横須賀高校ラグビー部に感謝をしようと思う。いつも笑顔をありがとう。』
リョウヘイ(SH)
『一年生のときに見た三年生の大きな背中。今の自分はあんなかっこいい姿になれているのだろうか。桐蔭に負けて引退して約二週間が経った。正直、まだ二週間か、という感じだ。もっと昔のことに思える。でも、毎年引退した先輩が言っていた通り、寝る前やふとした時にあの試合を思い出す。あのときパスできていれば。低くタックルに入っておけば。もっと早くさばくことができていれば。試合のことだけじゃなく、もっと走り込んでいれば。腰を怪我しなければ。多分これからも後悔はなくならないのだろう。
入学したときは、まさかここまでラグビーにのめり込むとは思っていなかったた。ラグビー中心の生活は(勿論ラグビー以外も楽しんだが、)痛いしきついし授業は眠いし、やっぱり辛いことが多かった。でも引退して、つらいことなんて勉強くらいでけがする恐れもなくなって授業も眠くならない生活をしていると、あのきつくて死にそうだった日々になぜか戻りたくなる。練習後のタイヤでのぐだりや、坂ダッシュが終わった後の達成感が恋しくて仕方ない。やっぱりラグビーが、ラグビー部が大好きだったんだなあと改めて思った。
桐蔭戦前日の円陣。坂東武者を唱いながらみんなの顔を見渡していた。つらいこと全部一緒に乗り越えてきた三年生は、入部当初とは比べ物にならないくらいかっこよくなっていた。それならきっと俺も少しは大きくなれたんだろう。
後輩へ。
俺は多分先輩の中でも健太の次とかに怖かったと思います。しょっちゅう怒鳴ったりしてごめん。でもほんとは同い年の仲間と変わらないくらいみんなのことを尊敬してます。去年や一昨年の俺じゃ毎週毎週あんなきついことできないもん。一緒に頑張ってきてくれてありがとう。これからはお前らの活躍を応援してます。
最後に、三年間俺を支えつづけてくれた両親。本当に親身になって助けてくれた赤羽さん。技術的なアドバイスをたくさんくれ、時には笑わせてくれた森上さん。自分に『スクラムハーフ』を教えてくれた松山先生。きついときも一緒に頑張ってきた三年のみんな。他にもたくさんの人の応援があって幸せな日々か過ごせました。三年間本当にありがとうございました!』
シュンスケ(SO)
『11月11日12時15分、自分は県立横須賀高校ラグビー部を引退する事になった。出場した時間は5分程。自分はこの5分ために、3年間走り続けてきた。このためだけに。
2年半前、学校の帰り、自分はふと先輩に誘われ ラグビー部の練習に行った。練習が終わり、家に帰り、すぐ両親にラグビー部に入りたいと言った。この1日で、自分の高校生活はとてつもなく変わった。あの日、あの時間に自分は帰っていなかったら、間違いなく全く違う高校生活を送っていただろう。運命的な出会いというものだったのかもしれない。
あれから、2年半。とてつもなく長くて、あっという間だった。具体的に全ての事を思い出すのは無理だが、「やり遂げた」これだけはこんな自分でも言い切れると思う。
自分はチームに必要なのか、チーム対し何か出来ている事はあるのかとずっと思っていた。引退する最後まで、それは分からなかった。ノーサイドの笛が鳴り、表彰をしている最中、スタンドからのものすごい声援が 自分を包んだ。スタンドの方を、直視出来なかった。
試合が終わり、仲間と声を掛け合っている時に こういう言葉をもらった。「お前と最後の最後までラグビーやれて良かった。」「本当にありがとう。」今まで、ずっと悩んでいた自分はこの言葉で、続けてきて良かった。本当にそう思えた。最高の仲間達に出会い、最高の時間を過ごせた。
後輩へ。
自分はうまくアドバイスとかもできないし、先輩として何もできなかったかもしれない。でも、これだけは忘れないで欲しい。
「どうか逃げるな。前をむいて、やり遂げろ。」
本当にこの言葉を信じてやってきて、良かった。自分はそう思ってます。毎日毎日、自分自身が強くなり続けられるように、日々を過ごしていって下さい。それが、チームの力となり自分の自信にもなると思います。本当に今までありがとう。
この部に入り、本当に色々な事を学びました。ここで得る事ができた物は、自分にとって 人生の宝物になったと思います。何回も諦めかけた自分を、支えてくれた部の仲間、マネージャー、先輩、先生、コーチ、保護者の方々、両親。本当に本当にありがとうございました。』
リョウイチ(WTB)
『3年間を振り返ってみると、1年のはじめの2ヶ月程度をしっかりと過ごしていればなと思います。夏に入ってからのセブンスと合宿はいい経験になりました。セブンスでは、やってきた15人制のラグビーより一人一人の力が試されて、そこで自分の力を少しでも示せたことで自信を付けることができました。
合宿では初めて「しぼり」を経験しました。今でも、ラグビーを約3年続けてきましたが、あれ以上辛いことはなかったんじゃないかって 思います。ですが、この「しぼり」のおかげでどんな事も乗り越えて来れたのかなって思うところもあります。
秋になって、初めて花園予選を経験しました。自分は試合に出れなかったのですが、試合会場の空気感とか3年生の先輩が試合をする姿は自分のラグビーに対する気持ちを一層強くしました。また、先輩たちが引退するときにはこの先輩たちを越えたいと思いました。
2年生になって、代が変わるとラグビーのスタイルも変わって、試合に出れるようになると、体を張ることの大切さが身にしみてわかるようになりました。1個上の先輩たちはタックルなどプレーの一つ一つが激しくて、その激しさで関東大会出場を掴みました。関東大会では今まで戦ったことのない敵と戦って自分の成長のためのいい刺激になりました。
夏の合宿では去年と違い、試合をたくさんしました。試合をたくさんすることで、試合感を今までよりも養うことができました。
夏を終えて2度目の花園予選では、自分も出れるようになって試合をしていきましたが、ベスト8決めであたった東海大相模戦では負けてしまい、自分の無力さを思い知りました。引退した先輩たちには体の張り方やひたむきさを教えてもらって、自分もこんな選手になろうと思いました。
3年生になって、新人戦ではベスト4を奪還できなくてお世話になった先輩方に成長した姿を見せれなかったのですが、関東大会予選ではベスト4を奪還できて、関東大会では歴代で一番いい成績を残せたことが嬉しかったです。関東大会が終わってからは、私情によってチームを離れることになってしまい、ほんとに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
ですが、秋になってチームに戻れるようになるとみんなは明るく受け入れてくれて、助かりました。それからは遅れを取り戻そうと練習して、声を出してついて行きました。
そして迎えた花園予選では、ベスト4まで進み桐蔭と当たることになって、負けて、引退することになってしまいました。
試合を終えて今持ってた力は全て出し切れたと思いました。負けてはしまったものの、この仲間と練習してきて一年の頃に思ってた姿を越える自分になれて、時間が過ぎてしまったからかもしれないですが悔いは残ってないと思います。
長々とまとまりのない文ですが、振り返ってみて最終的にはラグビーやっててよかったと思いました。』
マサシ(WTB)
『最近、「もう部活は終わったのか…」としみじみと感じる。そうやって客観的に自分のことを見ている自分に気付き、笑ってしまう。終わってしまうと何もかも短かったように思える。そして自分の生活でのラグビーの占める時間の多さにビックリした。今までを振り返っても楽しかった事が多すぎて、苦しんだり悩んだりしたことは薄れてしまう。
ラグビーに入ったのは二年生に上がる直前だった。何も知らずに練習に参加して怒鳴られて怖かったのを覚えてる。しかし今ではそれも思い出。もうそれは「ノットリリースザボール」だとわかる。もうすることはないだろう。ラグビー部に入ってなかったら…そう考えると恐ろしい。ラグビーは僕の学校生活を劇的に変えてくれた。本当に感謝している。
三年生になり関東大会が終わって、僕はラグビー部を本気で辞めようと思っていた。部活をしながら受験なんて自分には無理だと決めつけてしまっていたのだ。自分は弱いんだと気づいた。
先生や仲間と話し合って休部することにした。今までは「自分のために」勉強をしていたが、自分の心に変化が生まれた。みんなは今ラグビーを頑張っているんだ。自分を信じてくれているんだ。と考える度に自分に喝が入り、勉強を頑張ることができた。
先生が日頃から「自分一人のためにできることなんてたかが知れている。誰かのためだからこそ頑張れることがある。」と言っていた。今ならその言葉が身に染みてわかる。
だからこそ、今回の桐蔭戦は勝ちたかった。自分の思いを体現したかった。僕はみんながどれだけ頑張って来たのかも知っている。
それでも力が及ばなかった。試合では負けてしまったけど、僕はラグビーからたくさんのものをもらったと思う。この仲間たちと出会い、一緒にラグビーができて本当に楽しかった。色々な人に感謝しっぱなしの1年と7ヶ月でした。』
タツヤ(FB)
『このラグビー部で過ごした3年間は自分にとって、本当にかけがえのないものでした。強引な勧誘から始まり、ラグビーという全く新しいスポーツと関わることになり、初めは少し戸惑いもありましたが、魅力的な仲間と過ごしているうちにそんなものは一切なくなっていました。
2年生のときには骨折もあり、辛い時期もありましたが部活をやめるという選択はありませんでした。また3年ではポジション変更がありましたが、みんなが支えてくれたおかげでプレーに慣れていくことが出来ました。
たくさんふざけ合いました。でも本気で部活も頑張りました。辛くも楽しい日々でした。本当に素晴らしい時間だったと思います。普段はみんなでふざけあって、部活になったらみんなが切磋琢磨しあう。こんなに素晴らしい環境が他にあるのでしょうか。入学したときに迷いに迷ってこの部活に入部したことは、本当に最高の選択だったと思っています。あのとき強引に部活まで引っ張っていってくれた先輩に、本当に感謝しています。
そして今まで支えてくださった方々、本当にありがとうございました。』
りほ(MG)
『まず始めに、保護者、OBの方々、応援してくださった方々、岩田組を支えてくださり本当にありがとうございました。皆様の支えがあったからこそ、岩田組はここまでやってこれたのだと思います。ありがとうございました。
桐蔭戦から1週間以上たってしまいました。はるか遠い日のように感じられますが、あの日のことは今でもリアルに思い出せます。今はただ、学校が終わったらまっすぐ塾に向かわなければならない日々に漠然と寂しさを感じています。1・2年生がラグビーバッグを持って歩いてるのが羨ましいぐらいです。引退してはじめて自分の中でのラグビー部の存在の大きさに気がつきました。
2年半は振り返ってみるとあっという間でした。1年生のとき終わりが見えなかった部活が、終わってしまったなんて今でも信じられません。辛いことばかりだと思っていたけど、今思うと楽しいことばかりの2年半でした。
私はほんとに頼りないマネージャーで、みんなにたくさん迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っています。いつも七帆、里菜ちゃん、後輩マネージャーに助けられました。5人で岩田組を支えてこれて良かったです。本当に感謝しています。
こんなに充実した日々を送ることができたのは、ラグビー部のおかげです。みんなを、松山先生を信じて良かった。マネージャーとしてグランドに立っていられた時間は、本当に幸せでした。横高ラグビー部は私の誇りです。』
ななほ(MG)
『ノーサイドの笛。あれから2週間もたったけど、いつものただの試験休みのようです。自分が引退したことを、私は今だに心のどこかで信じきれていません。でも、廊下でリュックを背負ったみんなを見かけたりすると、いつものエナメルでないことに漠然と寂しくなったりもします。
最後となってしまったみんなのユニフォーム姿は本当にかっこよかった。立派だった。そして、ラグビーというスポーツに、今さらながら大きな感動を感じました。私はあの試合を一生忘れません。
あのあと、マネージャー全員に手紙を書きました。たくさんの楽しい思い出のことと、今までのありがとうと。何かあったら、いつでも言ってね。私もそうやって、先輩に支えられてきたから。
三年生、本当にありがとう。たくさん迷惑をかけてしまったけど、私は最後まで自分にできることは全てやってきたつもりです。
幸せな時間でした。ありがとう。』
リナ(MG)
『桐蔭戦から2週間が経ってしまいました。試合に負けた悔しさよりも、もう岩田組のみんなとグラウンドに立つことが出来ない悲しさのほうが大きいです。岩田組のみんなはこの2週間何を考えていたんだろう。思い出に浸る余裕すらなく勉強に追われていたのでしょうか。受験生オーラ全開でしょうか。ラグビーバッグのない教室は少し広く感じます。個人的な理由で1年間部活から離れていたときも、みんなの活躍ぶりが知りたくて何度もこのHPにアクセスしていました。稲垣組の引退も岩田組の関東大会も一緒に迎えることは出来ませんでしたが、最後の花園予選で選手の勇姿を目に焼き付けることができて本当に幸せです。
不器用で、里穂と七帆と後輩に頼りっぱなしで選手にもたくさん迷惑をかけましたが、みんなが居てくれたからここまで続けることができました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。また、この2年半でたくさんの経験を重ね、人として成長することができました。家族、先生、友達、みんなに感謝しています。
そして最後に。ラグビー部のみんなと過ごした時間、流した涙や汗。それらは全部私の宝物であり、一生忘れません。ラグビー部のみんなが好きです。大好きです。』
ケンタ(CTB、岩田組キャプテン)
『まだテスト期間なんじゃないか、という思いがまだ捨てきれないでいます。一週間もたてば、また集まって練習が始まっていつものように帰って…。そんな日がもう二度とくることがないのだと思うと、引退という現実から目をそらしたくなります。今は一日中予備校に篭り、夜帰るときの身体の元気さになんともいえない寂しさを感じたりします。
引退した身でしかわからないものだろう事を、いくつか後輩たちに残しておきたいと思います。ひとつは、ラグビーができていることの幸せ。メンバーが揃って、対戦相手がいて…当たり前と思えば当たり前とも思えますが決してそれを当たり前と思って欲しくないです。
もう一つは決して言い訳を作らないこと。環境も人材も横須賀はむしろ恵まれてるぐらいだと思います。勉強だって、「両立してるのがすごい」ではなく「両立して当たり前」だという風潮を作って欲しいです。身の回りをみて満足するのではなく、県外、全国に目を向けて欲しいと思います。どうせ目標にするなら、高い方がいいと思います。
長々と書いてしまいましたが、最後のミーティングでも言わせてもらったように、自分が毎日言わせてもらった言葉の一つ、一単語であったりが後輩たちのこれから先どこかでプラスに転じさせるものになってくれたら嬉しいです。
最後になりましたが、今までなんの不自由もなくラグビーをやらしてもらった事、支えてきてくださったすべての方、松山先生と出会えた奇跡、巡り合えた仲間、すべてに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。OB、保護者の方、これからも横須賀高校ラグビー部をよろしくお願いします。
岩田組のキャプテンができて、本当に幸せでした。』
たくさんの応援、本当にありがとうございました。
岩田組は誇りを胸に次のステージに進み、その魂と背中は伊藤組が引き継ぎます。
今後とも応援よろしくお願いいたします!
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